2022年に植毛ケーズフロンティアGT-RでSUPER GTデビューを果たした甲野将哉氏。デビューレースでチャンピオンを獲得し頭角を現すも一度はレースの世界を去り、再びレーサーとなったときは35歳。そのキャリアは、幼少期からカートに勤しみエリートコースを駆け上がる昨今のレーサーとは大きく異なる。
この記事では甲野氏が自分の速さを支えていると語るカートのほか、ナーバスなくらいがいいというレース時のメンタルや、細身な甲野氏ならではの体力作りについても話を聞いた。
「非常に有効な練習」続けたカートが速さの秘訣
ジュニアフォーミュラのFJ1600でレースデビューするやいなや頭角を現し、NDDP(日産ドライバー育成プログラム)の1期生となるが、一度レース離れて10年近くレースとは無縁の会社員生活を送った。再びレースの世界に戻ったのは2015年。「レーサー甲野将哉・第2章」が幕を開けたときは35歳になっていた。会社員時代も毎月カートに乗り続けた経験が、F3やSUPER GTの公式テストで実を結んだという。
「26歳で僕は一度レースから離れ、ゴルフショップの店員として生活していました。ある日FJ1600時代の仲間に誘われて、初めてカートに挑戦。最初は全然速く走れませんでしたが、カートは練習として非常に有効だと感じました。難しいのは当然として、カートは少ない予算で一日中走り続けられます。時間の前に体力の限界が来るほどハードなので、トレーニングとしても優秀でした」。
カートに乗り始めた理由は友人の誘いだったが、乗り続けた理由は「また走るチャンスを迎えたときに速くありたい」という思いだったという。平日の空いているサーキットに行けば一日中カートに乗れる。ゴルフショップは土日に忙しくなるため、平日の走行に通い続けた。
通った場所は新東京サーキット。全国でSLミーティングなどのレースに使われる100ccの「KT100」搭載カートに乗って腕を磨き続けた。KT100は10,000回転以上、約15馬力の出力を発揮する2ストロークエンジン。最高速は100km/h以上に及ぶ。
「最初はボロボロになるまで乗ること自体が新鮮で楽しい経験でしたが、だんだん上達してくると、カートの技術は何に乗っても応用が利くと感じるようになりました。カートとハコ車は違うと言う人もいますが、僕の場合は乗るほどに、どのクルマも同じであるという思いが強まりました。
僕はクルマの4輪が『飛ぶ』感覚を磨く最高の場所がカートだと思います。4輪のグリップが限界に達し、前後のタイヤが同時に滑っている感覚を掴むと、あらゆるクルマで限界を引き出した瞬間を理解できます。ジュニアフォーミュラからスーパー耐久、SUPER GTまで、いちばん速く走れるのは、ほんの一瞬だけ四輪を『飛ばす』走り方だと思います。人によっては速い速度でコーナーに『車を放り込む』と言う人もいます。
今でも月1回はカートで走るようにスケジュールを組み、合間でジムに行きトレーニングを重ねるようにしています」。
最近は125ccの水冷エンジンをもち、KTよりもハイパワーなROTAX MAXを中心に、毎回100~150ラップ程度の練習を重ねている。雨や風も休む理由にはならない。グリップの良いタイヤで30分も走れば、体が音を上げるという。
カートに乗り続けて約10年、一念発起した甲野氏はF3のドライバーテストをきっかけにツーリングカーレースの世界に足を踏み入れる。2016年にスーパー耐久、2022年にSUPER GTデビューを掴んだドライビングスキルは、長年乗り続けたカートがその基礎になっている。