決勝レース 12時30分〜
グリッドウオーク
いよいよ決勝レースとなり、各車がグリッド上に並ぶ時間となりました。
グリットでは前方に、21年前のスーパー耐久チームメイト大野選手(ST-4クラス ポールポジション)、後方には同じく同時期にお世話になった佐々木選手がおり、ご挨拶に伺わせていただきました。他にも現役時代のチームメイトや当時一緒にレースを戦った仲間が大勢いらっしゃり、温かい応援の声をかけてくださるのですから、なんともセンチメンタルな気持ちでいっぱいになります。
あの頃……お互い20代で、夢と希望しかなかった。そして月日を重ねた今は、それぞれ守るべきものを持ちながら、やはりこのコース上にいる。人生はどこでどうなるかわかりません……。
おっと、昔話が長くなってはチェッカーを受けられませんので、話しを強引に現在のもてぎグリッド上に戻します。
レーススタート!
隊列を整え、フォーメーションラップを終え、レーススタート!武夫さんは良いペースで走行を重ねます。今回もスプリントさながらのバトルが各所で繰り広げられていましたが、もちろん18号車も例に漏れず、ライバル達と激しく火花を散らします。
そんな過酷な戦いが繰り広げられる中、18号車は順調にラップを重ね、予定通りに伊藤くんにバトンタッチ。青と黄色のWedsカラーの鮮やかなボディは、再び戦列に復帰しました。
レースの度に急成長を遂げる、我がチーム期待のホープ伊藤くんですが、今回も天井知らずの成長振り。”決勝セットがイマイチ決まっておらず、乗りづらさがある”とのことでしたが、言葉とは裏腹に走りは冴えにさえて、1時間半ドライブして暫定1位まで順位を上げてピットへ帰って来ました。
そして私にバトンタッチ。4位でコースに戻りました。私はショートで行く予定でしたが燃費などの問題があり、40分くらい走行するとの指示を受けてスタート。
意気揚々とコースイン!今回はST-2クラスがお休みということで(スーパー耐久はエントリー台数が非常に多いので、富士以外のレースではどこかのクラスがお休みになります)47台のマシンが走行していたのですが、猛暑の中で激しいレースが繰り広げられているためでしょうか、コース上のレコードラインを少し外れたところには、すでに大量の「タイヤカス」が積もっている状態でした。
ST-5クラスを抜く時や速いクラスに抜かれる際には、接触を避けるために少しマージンを取るのですが、その際どうしてもレコードラインから外れねばならず、そうするとタイヤカスを拾ってしまいます。
特に速いクラスにコーナーの侵入で譲ると、その後どうしてもアウトまで膨らむ=大量のタイヤカスがある場所まで逃げないと、マシン同士が接触しそうになってしまいます。
”絶対にぶつけたくない”との思いから、泣く泣く「タイヤカス・ゾーン」まで追いやられて、その度に大量のタイヤカスをゲット。結果、大幅にタイムダウンしてしまいました。
たかがタイヤカスと侮る事なかれ。これを大量に拾ってしまうと、コーナーでは腰砕状態でマシンは暴れ、立ち上がりでもドリフト状態になったりと挙動は極めて不安定になり、非常に危険な状態になります。
もちろんタイヤカスを取るために、高速コーナーでわざとハンドルを抉ったりして一生懸命に「タイヤのお掃除」をするにはします。しかしせっかく取れたと思った所でまた速いクラスが後から襲い掛かって来るので、道を譲るとまたタイヤカスを拾って……と、「タイヤカス・スパイラル」にハマってしまいました。
もてぎのスーパー耐久がこんなに難しいなんて!
18号車の走りを楽しむことが一切できないどころか、全く思うように走れず、スーパー耐久参戦史上、最低の走りをしてしまいました。色々な意味で格闘をしている私にドライバーチェンジの無線が入り、上村くんにバトンタッチの時間が来ました。
代わった上村くんは懸命の追い上げを見せ、何とか私が迷惑をおかけした分は取り返してくださったほか、「棚ボタ」もあり、最後は4位でチェッカーを受けました。
レース全体としては、猛暑の中での5時間に渡る長時間のレースだったためでしょうか?トラブルによる車両火災が2台発生したり(早期対応で大事には至らなかったようです)、コース脇にマシンを停めざるえなくなった車両も多く、まさに「サバイバルレース」を地で行った、そんなスーパー耐久でした。
参戦した全てのチーム関係者、スタッフ、オフィシャルの皆様。お疲れ様でした。