国内耐久レースの最高峰、スーパー耐久シリーズ。23年はST-XからST-5まで9つのクラスに分けられ、今回紹介するST-3クラスは2401cc以上、3500cc以下の後輪駆動車両で争われる。参戦車両は日産フェアレディZ34と、レクサスRC350。このうちST3クラスのフェアレディZとはどんなマシンなのか、岡部自動車Z34をドライブする甲野将哉氏に聞いた。
ST-3クラスフェアレディZ34の特徴
車両の特徴
フェアレディZの排気量は約3700cc。本来3500cc以下の車両を対象にしているST-3クラスには、10年より特例として出場している。ベース車両はNISMOフェアレディRC。NISMOがレース用に生産している特製フェアレディZだ。
エンジンやミッションを改造できないN1規定の範囲内でチューニングされているが、Z34はもともとハイパワーなFRスポーツ。「アクセルを立ち上げるとリアにトラクションがかかって、それを超えると比較的楽にパワースライドに持ち込めます。アクセルで車を振り回せますが、タイヤを痛めるので計画的なドライビングが必要です」。
フェアレディZの重量バランスは、同じ日産のGT-Rよりも前に寄っている。そのため、フルブレーキング時にはアンダーステアが発生し、加速時にはパワーオーバーステアが発生しやすい。
ライバル・レクサスRC350との違い
同じST3クラスで戦うレクサス RC350と比べると、フェアレディZはホイールベースが短く、回頭性が高い。排気量も200cc多く、最低車重に至ってはRC350の1,420kgに対して1,290kgと、130kgも軽い。これだけの要素を揃えてなおZが苦戦を強いられるシーンが多い理由を甲野氏はこう語る。
「ネックになるのがトランスミッションです。ZはHパターンの6速マニュアルなのに対して、RC350はパドルシフトのドグミッション。RC350の方がパワーバンドに入っている時間が長いので、立ち上がりであちらが有利です。一見パワーで有利に見える200cc多い排気量も、耐久レースになると燃費の面でマイナスに働きます。しかも、あまりパワー差がないんです。
ピークパワーではZ34の方が上ですが、実際にそのパワーがトランスミッションのハンデを埋めるのは富士スピードウェイのホームストレートくらい。Zの特例は200ccの排気量、RC350の特例はミッションの換装。その特例が大きな影響を与えず、Zが軽さと小回りの利きやすさを活かして有利な試合運びをしやすいのは鈴鹿やSUGOですね」。
実は同じ岡部自動車Z34でも特性が違う
同じ岡部自動車のZ34でも、甲野氏がドライブする15号車と鈴木宏和選手などがドライブする16号車とでは少し特性が異なるという。
「スポット増ししている箇所が違う影響だと思いますが、15号車は乗り味がマイルドで、16号車はクイックです。マイルドさは裏を返せば動きにラグがあり、クイックさはピーキーさでもあるので一長一短ですね」。
スポット増しだけが違いなのだろうか。同じチームが2台のマシンを出すのであれば、もっと大胆なABテストを行ってもよさそうだと思ったので、大胆な事例を聞いてみた。
「メカニックに『結果はわかり切っている』と言われたのですが、走行日に本来使っているダウンフォースが多い2枚構造のリアウイングをあえて1枚構造のものに変えてみる実験をしてみました。富士スピードウェイならダウンフォースと引き換えにストレートスピードが伸びるのではないかと思ったんです。
するとアウトラップのTGRコーナーで、わずか60km/hなのに大オーバーステアが発生。(S耐マシンの)Z34はリアウイングが強く効いていて、ブレーキングオーバーが大きく出ることはほとんど無いので大いに焦りました。その後は耐久レースでは到底続けられないような、繊細な運転でオーバーステアを抑えながらアタックしました。結果、タイムもストレートスピードも全く変わりませんでした」。
同じタイムであれば安定して走れる方がいい。走行結果はまさにメカニックの言う通りだったという。「それぞれのセッティングやパーツの形状にちゃんと意図があってひとつのパッケージになっているんですよね」。
タイヤを潰しすぎないことがポイント
Z34はそのフロントヘビーな性格ゆえに、タイヤを上手く使わないと、コーナーでタイムが伸びない負のループに陥るという。
「ブレーキングで思い切り飛び込むと、フロントタイヤに大きな荷重がかかります。そのままタイヤを曲げようとしても、グリップ力を縦方向に使い切っているので曲がりません。しかし、『フロントの荷重が足りていないから曲がらない』と思ってしまうと、もっと激しく突っ込みたくなります。その結果さらに曲がらなくなるというループに陥るわけです」。
フロントに荷重がかかりすぎて曲がらない状態を回避するためには、ハンドリングの瞬間にタイヤから前荷重が抜けている必要がある。
「フルブレーキングで荷重が前に乗り切った状態からブレーキを緩めた瞬間、フロントタイヤには曲がるための余力が生まれます。この瞬間が最も速く曲がれるタイミングです。突っ込み重視にした方がいい例外的なコーナーもありますが、原則は一瞬フロントを浮かせた方が速いですね」。
タイヤのグリップを限界まで使い切るためには、同時に縦横両方から100%以上のグリップを無理やり引き出そうとしないことが重要になる。最初はクルマを止めるためにタイヤを使い、次に曲げるために使うという考え方だ。Z34は大排気量エンジンをマシンの前端に近い位置に搭載するため、気持ちよく曲がれる荷重の乗り方が他のクルマよりも後ろ寄りだ。
S耐とZ34のこぼれ話
フェアレディZの走らせ方を聞いたところで、甲野氏が23年にZ34で富士24時間耐久レースに出た時のこぼれ話を話してくれた。多くの車両・クラスが混走するスーパー耐久では、クラス的に総合タイムでは遅いマシンも、特定のコーナーでは軽さを活かして上位クラスに負けない走りを見せることがある。そんなスーパー耐久を象徴するようなエピソードだ。
「ST-5クラスのロードスター2台がバトルをしていると、それを抜きあぐねたGR86も含めてダンロップコーナー手前から3ワイドになっていました。僕はさらにその3台を抜かなければいかなかったのですが、ST-ZやST-Xまで追いついてきて、第3セクターを3ワイド×3列で走りました。
コース上は5クラス9台が入り乱れて大混乱です。ピットからは早く抜けと指示が出るのですが、抜き場所なんてどこにもない。みんなで困りながら最終コーナーを立ち上がりました」。
そのラップでは5,6秒落ちのタイムを出して大目玉を食ったというが、耐久レースはゴールまでマシンを運ぶことが最優先。無理はできない。
「真夏の暑さに耐えながら、安全に、速く抜くレース運びは本当に難しいです。トラブルを回避し、クルマを労わる能力もまた速さのひとつ。予選一発の速さでは勝てないレースです」。
スーパー耐久シリーズはプロとジェントルマンが互いにバトンを繋ぎながらゴールを目指す、耐久レースの最高峰だ。刻々と変化する路面コンディションや状況に対応するため、チーム力が問われる。「強い心を持たないとスティントを乗り切れません」というレースを、ぜひ覗いててみてほしい。