おそらく日本初であろう、「レーシングチームへのメカニック派遣」という業態を作り上げたハザードレーシング(以下:ハザード)代表の原口 豪氏。原口氏は自動車整備やチューニングショップを営みながら、多くのチームから信頼を集めるメカニック事業を立ち上げた。専門学校を中退して建築業を営む実業家だった彼が、現在に至るまでの道のりをご紹介する。
事業を手がけ「好きなクルマには全部乗る」
幼少期からクルマ好きだった原口氏は、ミニカーで遊び、ラジコンを走らせ、父が買ったカー雑誌を見て育った。高校卒業後の進路を決めかねていた1992年、トヨタの学校が新設されるというニュースが飛び込んできた。「新しく神戸に関西自動車整備専門学校(現:トヨタ神戸自動車大学校)開設。1期生募集」。
「クルマが好きだったし、特に大学には興味がなかったので進学してみました。しかし、高校時代に建築現場のアルバイトで得た報酬と、専門学校で知った自動車整備士の給料は、あまりにも相場がかけ離れていました。クルマは好きだが、これを続けるのは辛い。好きなことをやるにはまず稼ぐのが先だ、と思いました」。
原口氏はわずか半年で学校を中退、建築業でモーレツに働き始めた。
「自分の会社を持ち、全力で稼ぎました。『好きなクルマには全部乗る』と決め、30代までに100台くらいのクルマを乗り換えていましたね。2008年ごろまでは建築を中心に、お金になる仕事をいろいろとやっていました。自動車整備はまだ経営の一角にすぎませんでした」。
しかし、納期に追われて休みなく働く日々に嫌気がさした。「時間とお金に追われず、好きなクルマを触って飯が食べたい」と、自動車整備以外のビジネスをたたむ。ゆっくり働きたいという思いから、納期が長い、古いアメ車のレストアなどを本業にした。
勝てるクルマ作りで若者がついてくる
アメ車のレストア屋さん生活は長く続かなかった。腕が悪かったわけではない。良すぎたのだ。時おりやってくる若者のクルマをチューニングすると、彼らは草レースで勝ってしまう。その口コミを聞きつけた若者たちがスポーツカーを持ってくる。原口氏がチューンする。また勝つ。この繰り返しで、気づけばハザードはレーシングショップになってしまった。
「スポーツカーに関わると、走行会やレースに間に合わせるため納期が厳しくなります。結局忙しい日々に逆戻りしてしまいました」。
「また忙しくなった」とボヤきつつも、若者のクルマをカスタムしては送り出した。レースの前になれば夜通しでマシンを作り、資金難のレーサーにはスポンサー活動も行った。メカニックはもともと顧客だったスポーツカー乗りの若者たち。勝てるクルマ作りを信じて若者がついてくる姿は、公式戦関係者の目にも止まるようになっていた。
2019年のスーパー耐久シーズン後、草レースを観戦していた「浅野レーシングサービス」監督の浅野真吾氏から声がかかる。浅野レーシングサービスはスーパー耐久、N1耐久シリーズに初年度から出場している古豪だ。
「若い子がよくついてくる、いいチームを作っていますね。公式戦に興味はありませんか?」
それはスーパー耐久のメカニックへのスカウトだった。原口氏が二つ返事で依頼を受けると、翌2020年度からハザードは浅野レーシングサービスへレース時のメカニックを派遣することになった。メカニック派遣事業の始まりだった。
公式戦デビューできるのは1人か2人
「毎年4、5人の若者がメカニックを志して弊社に来ますが、デビューできるのは1人か2人。社内教育を行い、私のテストに合格した者が公式戦のメカニックになれます。デビューが決まったメカニックは、まず最初に浅野レーシングサービスが参戦するスーパー耐久で修行を積み、そこでレースのいろはを徹底的に学ばせてもらいます」。
それ以来、ハザードはレースメカニック1年目の新人を、縁の深い浅野レーシングサービスにて修行させている。ピットで削り取る1秒と、コース上でドライバーが削り取る1秒の価値は同じ。新人だから、と手を抜くことはない。
公式戦デビューしたハザードは、他のカテゴリーからも技術と情熱を買われてオファーを受けるようになった。現在はSUPER GT、Super Formula、GT World Challenge ASIAなど、ビッグレースでレーシングチームのメカニックを務めている。チームによって体制やメンタリティが大きく異なるため、メカニックが困惑する場面も少なくないという。
「チームによっては何でも教えてくれて、やりたいと言ったことを進んで教えてもらえるチームもありますが、中には『いいから頼んだことを進めておいてくれ』というチームも。メカニックは複数のレーシングチームを渡り歩くので、『あれ、前回のチームとはずいぶん雰囲気が違うな』となることが多いですね。それも経験として成長の糧にしてほしいと思っています」。
最後の最後まで諦めないメカニック集団
原口氏のメカニック人生で印象に残っている、2つのレースについて語ってもらった。諦めないメカニックがチェッカーフラッグにマシンを届けたエピソードだ。
2022年 スーパー耐久富士24時間レース
ハザードがメカニックを務める浅野レーシングサービスは、ST-4クラスにWedsSports GR86で出場。決勝4位と惜しくも表彰台を逃したが、完走の裏にはドラマがあった。
24時間レースはGR86のデビュー戦だったが、レースを通して幾度のガス欠症状や、接触による足回りの破損に見舞われた。それでもメカニックは粘り強くマシンの修復を繰り返し、ドライバーをコースに送り出した。しかし残り40分で、無情にもエンジンが完全にストップしてしまう。マシンの修復ができるリペアエリアにメカニックが駆け込み、決死の修復が始まった。
「かかれ、かかれと何度もリスタートを試しました。残り5分で諦めかけていた時に、まるで神様が降りてきたようにエンジンが動き始めたんです。『行け!』マシンを送り出してピットに戻りました」。
2023年 GT WORLD CHALLENGE
世界的に人気の高いGT World Challenge Asiaにも、ハザードはメカニックを派遣している。2023年、初優勝を目指すチームはRace 1で早々のリタイアを喫してしまう。Race 2は翌日。ハザードのメカニックは、朝までに直すべく夜を徹しての修復が始まった。
「なんとか翌日のレースに間に合いました。もう走れない状態まで破損したマシンがRace 2では優勝。メカニックはドライバーを表彰台の頂上に送るためにすべてを尽くします。その思いが実った瞬間でした」。
激戦のGT World Challengeで優勝をもぎとった背景には、1時間のレースを勝ち抜くマシンを死に物狂いで作り上げたメカニックがいた。
志ある若者とレースの架け橋になりたい
レース業界は若手の人材不足に悩んでいる。特にメカニックは大学や専門学校などへの求人募集が少なく、なるための道筋がわかりづらいのが現状だ。レースに関心がある若者にも、憧れの存在として遠目に見られてしまうのが課題だという。
「若い人にレースの魅力を知ってもらい、ハザードがレースへの入り口になれば幸いです。右も左もわからない人には、背中を少し押してあげるアプローチが必要。きっかけ作りをして、若者がレースの世界に飛び込んでくれるよう、憧れと現実の橋渡しをしたいと思っています。若手のプロには微力ですがスポンサー活動もして、活躍の場を作っています」。
原口氏は強力なメカニックチームを作るべく、クルマを持ち込んだカスタム希望の若者を引き抜いてビッグレースに挑戦し続けている。そして、レースの世界は大口を開けて熱い「人」を待っている。ドライバーだけがレースに関わる道ではない。憧れの舞台に立つ道は、意外にも近所のショップから繋がっているかもしれない。
今までありそうでなかったレーシングメカニック派遣という画期的なサービスを提供し、着実な成長を続けている原口氏のハザード。今後のレース業界の発展にとって、なくてはならない存在になることは間違いないだろう。原口氏が育てたメカニックが、世界耐久選手権(WEC)やF1のテレビ画面から見られる日も遠くないかもしれない。