レース好きな読者には、ドライバーが送っているレースウィークの動きが気になる方も多いだろう。そこで今回&Race編集部は、出場するレースのほとんどで優勝やチャンピオンを獲得している、Racing School GoTakeインストラクター川福健太選手に密着。短時間のスプリントレースで最高の結果を出すため、ドライバーが前日以前から行っている備えを深堀りしてみた。
川福健太選手
今回取材した川福選手はRacing School GoTakeのインストラクターも務めるレーサー。レンタルカートで日本一になったことを皮切りに世界選手権3位、86/BRZ Race(当時)とYaris Cup合計3クラスでデビューウィン、N-ONE OWNER’S CUPチャンピオンなど、激戦レースを出場するそばから制してきた。
2024年にはスーパー耐久ST2クラスにスポット参戦。川福選手は30歳を過ぎてからレース活動を本格化させたが、その遅咲きを取り戻して余りあるスピードで勝利とステップアップを重ねている。


今回は2024年4月13日に富士スピードウェイで決勝が行われたN-ONE OWNER’S CUPでの動きに密着した。
サーキット入りは朝6時
土曜日のレースに向けて金曜日の朝にサーキット入りしたという川福選手。「家を出たのが午前2時半くらいで、サーキット入りが午前6時くらいですね。食事はナッツを少し食べたくらいです」。
N-ONE OWNER’S CUPのレギュレーションでは、ドライバー抜きの車体重量で車検が行われる。そのため、ドライバーが軽いと単純にレースで有利になる。
「ドライバーとしてできることはやりたいので、基本的に体は絞りつつ、レース1週間前に少し絞る感じです」。


金曜日の占有走行では60台以上がひしめく大混雑となりクリアラップは取れなかったという。金曜日はブレーキのローターとパッドを交換し、決勝にマシンの整備をして19時ごろにホテルに帰った。夕食は仲間とともにホテル近くの寿司屋へ。レースの前夜祭を楽しみにしている関係者も多いという。
「揚げ物とかお酒も少し頂いちゃいました。レース前は飲まないようにしているのですが、仲間との連帯感も大切ですからね。周りの方が楽しみにしているお付き合いには僕も積極的に参加しています」。
夜はお酒が抜けた後にホテルの周りを20分ほどランニングしてからお風呂に入り、12時ごろに就寝してレースに備えたという。
4時起きのランニングから決勝日はスタート
「決勝は朝4時に起きてレース車両のN-ONEに乗り、ホテルから10分ほどの箱根スカイラインに行きました。30分くらいイメージトレーニングをしながら、交換したブレーキのあたり付けをしました。車検は決勝日の朝通すことにしてマシンを持ち出していました」。
ナンバー付き車両であるN-ONEは、ホテルへの移動にも使える。移動の間にもブレーキの感覚を確かめるなど、サーキット外でもレースに向けての備えは怠らない。ちなみに前日夜に食事を楽しんだので、当日レースまで食事はしていないという。

「サーキットへ向かう道中のドライブソングは最近復活したHi-STANDARD。STAY GOLDが特にお気に入りです。サーキットへは朝6時ごろに戻ってきて、車検を通しました」。レンタルカート出身の川福選手はチーム名にもステイゴールドレーシングと名付けている。
サーキットに到着後は車検、ブリーフィング、予選と、目まぐるしく午前中が過ぎたが、予選前のわずかな時間でも、体をほぐすための入念なストレッチとジョギングは欠かさないという。
「心拍数を上げて、体に急な負荷がかからないようにします。年齢も重ねてきましたし」。
食事は抜いて集中力を保つのが川福式
当日の予選は09:05、決勝は15:25と約6時間のインターバルがあった。取材した10時時点でまだ何も食べていないという川福選手は、空腹よりも眠気の方がドライビングの天敵なのだという。朝4時からハードスケジュールで動いているが、レースウィークは好きなことだから早く起きられると語る。
「今回は特になんですが、予選と決勝の間に長めのインターバルがあるときにお昼ご飯を食べちゃうと、眠くなって集中力が持たないんです。
脱水症状だけは起こさないように水分補給はしっかりして、残りの時間は会話や挨拶周りでフレッシュな気分のまま決勝に臨めるようにしています。普段は朝が弱苦手ですし、二度寝もしてしまうのですが、レースの日は特別ですから!
とはいえ今日の予選はフロントタイヤが新品だったのでコンマ4、5秒落ちてしまったのが苦しかったですね」。
駆け引きはコースの外でも行われている
同じレースに出走しているライバルは、同時に志を同じくする仲間でもある。川福選手が空いた時間で行うことは順位が近いドライバーとの雑談だ。
「周りの人と話すと得られる情報があります。僕のマシンは第1戦で表彰台に乗ったので、タイヤハンデ(新品フロントタイヤの使用義務)があります。僕のハンデは周りの方も知っているので、他のドライバーと話すと、ハンデがあっても戦える場所が見えてくることがあります」。

露骨な偵察行為ではなく、お互いに実りある会話をする中で、自分のレース戦略に活かせる情報を探すという。コース上で他マシンの動きを見るだけでなく、パドックで周りがどのような状態か確認するのも駆け引きのうちだ。
「今日は乗れてるから勝ちたいな!なんて言葉を聞くことも多いですよ」。
駆け引きは会話だけではない。参加車両が多いN-ONE OWNER’S CUPは、予選のゲートがオープンして、先頭から最後尾がコースインするまでに数分かかる。つまりアタックラップがコースイン順で1周以上変わるのだ。
「予選の入り口にマシンを並べるところからレースは始まっています。上位陣は、時計を見ながら整列開始できる瞬間を狙ってゲートの前に行きます。参戦台数が非常に多いので、1周目で赤旗が出ることも珍しくありません」。
N-ONEは車高が高いため、N-ONE OWNER’S CUPでは頻繁に横転が発生する。タイヤがグリップしすぎたり、背の高い縁石に乗ったりしてしまうと、マシンは簡単に横転する。ちなみに、横転してもマシンの修復が間に合えば、決勝に出られる場合もあるという。


決勝では一気に抜き去るような速度差が発生しにくいため、高い車高によって生み出されるスリップストリームを使って前との差を詰め、駆け引きで上位を狙うという。
レースの結果は?
前日にECUのエラーを解消して臨んだ決勝。マシンにはレース30分前に乗り込んだ。川福選手は5番グリッドスタートから、決勝で抜きつ抜かれつの後に5位でフィニッシュ。思いがけないトラブルからスタートで落とした順位をひとつ取り戻してのチェッカーとなった。
「前日にブレーキ周りのエラーは解消できていたのですが、決勝のスタートで急に加速しなくなってしまい、スタートで順位をひとつ落としてしまいました。先行した塚原 臣吾選手はよく知った信頼できるドライバーです。コース上では気持ちのいいガチンコ勝負ができ、レース後はバトルを演じたライバルとレースの振り返りを話し合いました」。


トップから4位まで、先行するマシンはすべて見えていたため、上位陣のバトルに乗じてチャンスをうかがったが、惜しくも2戦連続表彰台には届かなかった。
「コーナリングではアドバンテージを感じながらも、立ち上がりのトラクションが足りず、攻め手を欠きました。とはいえ自分たちも上位陣も熱い駆け引きを繰り返しており、非常に満足度の高いレースでした。悔しさと満足感が半々といったところです」。

レーサーの素顔が見られるのはサーキットならでは
レーサーがコックピットに収まっていない時間の過ごし方を見られるのはサーキットだけ。コース上での抜きつ抜かれつには興奮するが、結果を知る前に関係者の動きを観察するのも面白い。ふと歩き出したドライバーが他の人に話しかけに行く様子を見たら、何を見ているのか、何を話しているか観察してみよう。
レーサーの視点に、自分の走りにも応用できるヒントが隠れているかもしれない。戦いはシグナルがグリーンになる前から始まっているのだ。