国内耐久レースの最高峰、スーパー耐久(S耐)シリーズ。FITからAMGやGT-R GT3などのハイパフォーマンスレーシングカーまで、最大50台以上が同時に出走する。多くのアマチュアドライバーにとっての目標でもあり、プロと正面を切って競い合える稀有な舞台だ。
スーパー耐久は現在国内の国際サーキットを使った唯一の24時間レースを開催するこのカテゴリーでもある。2016年からドライバーとして参戦を続けるドライバーの甲野将哉氏に、その魅力を伺った。
クラス分け・参戦車両
出場車両は多様だ。現在は9カテゴリーが設定され、STQ(開発車両用カテゴリー)を除く8カテゴリーでシリーズが争われている。
STX
排気量 | 車両によって異なる |
駆動方式 | 車両によって異なる |
主な車両 | FIA GT3車両・GT3に準ずる車両 |
STZ
排気量 | 車両によって異なる |
駆動方式 | 車両によって異なる |
主な車両 | FIA GT4車両・GT4に準ずる車両 |
ST TCR
排気量 | 車両によって異なる |
駆動方式 | 車両によって異なる |
主な車両 | FIA WSC TCR車両・TCRに準ずる車両 |
STQ
規定 | 他のクラスに該当しない、運営が参加を認めた開発車両 |
主な車両 | 水素カローラ・カーボンニュートラル燃料BRZ |
ST1
規定 | 他のクラスに該当しない車両 |
主な車両 | GT8R・KTM |
ST2
排気量 | 2400~3500cc |
駆動方式 | 4WD・前輪駆動 |
主な車両 | GR YARIS・LANCER EVOLUTION・CIVIC・WRX |
ST3
排気量 | 2400~3500cc |
駆動方式 | 後輪駆動 |
主な車両 | Z34・RC350 |
ST4
排気量 | 1500~2400cc |
駆動方式 | 制限なし |
主な車両 | GR86・ROADSTER RF |
ST5
排気量 | ~1500cc |
駆動方式 | 制限なし |
主な車両 | FIT・ロードスター・デミオ |
2024年暫定開催日程
Round | 日程 | サーキット | レース時間 |
---|---|---|---|
1 | 4/20-21 | SUGO | 4時間×2 |
2 | 5/24-26 | 富士スピードウェイ | 24時間 |
3 | 7/27-28 | オートポリス | 5時間 |
4 | 9/7-8 | モビリティリゾートもてぎ | TBC |
5 | 9/28-29 | 鈴鹿サーキット | 5時間 |
6 | 10/26-27 | 岡山国際サーキット | 3時間×2 |
7 | 11/16-17 | 富士スピードウェイ | TBC |
2024年は7大会でシリーズが争われる。
スーパー耐久の歴史
前身は1990年にスタートしたN1耐久シリーズ。改造範囲の狭いJAFのN1規定で争う耐久レースとして発足した。アマチュアレースのN1耐久にはプロも参戦するようになり、現在まで続くプロアマ混合の参加型モータースポーツというフォーマットが形成されていった。1998年、改造範囲が緩和されN1規定から外れたため「スーパー耐久」を名乗るようになった。
カテゴリーは毎年新設や消滅、改変を繰り返して現在に至っている。競技規則に合わせて車両開発が行われた有名な例にスカイラインGT-R(R32)があるが、スーパー耐久では逆に市場の動向にレギュレーションが追随する動きをとっている。たとえばトヨタのFT86がGR86に世代交代した際には、ベース車両の排気量が拡大したことを受けて、ST4クラスの排気量規定が2000cc以下から2400cc以下に引き上げられた。
スーパー耐久の特徴は街で走っているクルマに近い状態のマシンが戦うことだ。現在はJAFの管轄を離れ、STO(スーパー耐久機構事務局)がベース車両への改造範囲を規定するが、一貫してチューニングは限定されている。高価なエアロパーツは付けられないし、エンジンやトランスミッションの大幅な改造もできない。逆にこの制限の厳しさが、メーカーやワークスチームの後ろ盾を持たないプライベーターの参戦を可能にしている。
多くのプライベーターが参戦し、多種多様なクルマが同時に走るレースはマシンとドライバーのるつぼだ。「チームオーナー自身がステアリングを握る」「トヨタの会長が爆走している」などの光景はスーパー耐久ならでは。フィットがコーナーを立ち上がった真横をSUPER GTと同じ形のAMGがかっ飛んでいく様子は他のレースでは見られない。
現在のスーパー耐久には、N1耐久や、その開幕前から行われていたINTER TECなどの耐久レースを経験した大ベテランも参戦を続けている。それだけに各チームの陣容はメーカーの威信を背負った精鋭集団もいれば、ベテランによる若手の育成や、ジェントルマンドライバーの到達点という色合いも兼ね備えている。
近年はマシンとドライバーのレベルアップだけでなく、環境燃料使用の開発マシンの参戦などもあり、レースの注目度自体も高まっている。プロと勝負できる環境なため、ステップアップ先としてスーパー耐久を目指すジュニアフォーミュラの若手は多い。
レース中のドライバー
優しく、強く走ること
耐久レースでドライバーに課せられた第一のミッションは無事にマシンをチェッカーまで運ぶこと。とはいえゆっくり運転して順位を落とすことは許されない。「クルマへの優しさと、速く走る強い意志の両方が必要です」。
ラップタイムの速いマシンは早く前方にいる車両をパスしたい。しかし、遅いマシンも真剣勝負の真っ最中だ。
「『頑張れ!』『なんとか抜いて来い!』と無線が飛んでくることも。でもバトルに突っ込んでクラッシュを起こすわけにはいきません。そうこうしていると後ろからもっと速いマシンが迫ってきます」。
前方とミラーをひっきりなしに確認しながら走るドライバーは、和やかな実況とは対照的に忙しいスティントを送っている。
また、長時間の走行中に少ない情報で円滑に物事を進める上では、チームとの信頼関係やコミュニケーションが重要になる。普段から積極的に話をして、お互いの人となりを知ることで円滑なコミュニケーションが取れ、いざという時のリスクマネージメントも取りやすくなるという。
クラッシュはもちろん「もらい事故」も回避したい。「上手い人はトラブルの回避能力が高いです」。予選一発のタイムからはうかがい知れない、トラブルの回避能力は確かにあるのだという。確実にチェッカーまでマシンを運ぶための嗅覚ともよぶべきセンスは、ベテランが持ついぶし銀の選手の技術が光る。
チームは刻々と変化するコースコンディションに対応しながらレースを進める。ドライバーはチームメイトを思いながらステアリングを握る。「みんなで勝ち取る勝利の味は格別です。僕はスプリントレース出身のドライバーですが、仲間を思いながらバトンを繋ぐこと自体にもやりがいと楽しさを感じます」。
暑さとの戦い
エアコン非搭載のマシンでは、エンジンと日差しの熱は容赦なくコックピットを加熱する。スティントは軽々1時間以上に及ぶため、耐久するのはマシンだけでない。そこでドライバーは暑さに耐えるため、水を循環させて体を冷やすクールスーツを着用する。
しかしクールスーツも万能ではなく、真夏の暑さを相殺するほどではない。季節によっては1スティント使用し続けられず、途中で水の循環が止まって「お湯ベスト」化することもある。
「僕も熱中症で医務室に運ばれたことがあります。近年ではレース用エアコン装置のマシンもありますが、市販車のように室内全体がキンキンに冷えることはありません。それでもかなり体の負担は減りますが、故障もあり得るので気が抜けません」。
異種格闘技戦ならではの楽しみ方
個々の強みがわかりやすい
街で見かけるあのクルマが、あの音を鳴らしながらサーキットを駆け抜ける。クルマの身近さはS耐の魅力だが、乗っているのはフォーミュラやGTで活躍しているあの人!という場面も多い。
最大9クラスのマシンが混走するため、コース上では大きな速度差のあるオーバーテイクが頻発する。そんなS耐を、甲野氏は「異種格闘技戦」と表現する。
「たとえば僕が乗っているST3クラスのフェアレディZの近くだと、立ち上がりとストレート中盤まではST2クラスの4WD車が速いですが、コーナリングは回頭性の高さを活かしたST4クラスのFR車が速いです。さらにストレートエンドのトップスピードではST3のZに軍配が上がります。クルマの特徴に注目して観戦するのも楽しいですね」。
外から観たり、レースモニターで観察してもベース車両の得手不得手がはっきりとわかるため、市販車のオーナーとして観戦すると学びがあるだろう。
プロアマ混合チームゆえのドラマがある
スーパー耐久はプロとアマチュアドライバーが協力するレースだ。そのため、突出して速いプロを一人連れてきても勝てない。また、スーパー耐久の規定で、Aドライバーにはジェントルマンを登録する必要がある。つまり、チーム一丸となって走ることがことが勝利のカギになる。
公式HPのレースライブでは、ピット回数が運転中のドライバーのラップタイムがリアルタイムで表示される。当然ドライバーは数字で他のドライバーに負けたくない。しかし、速さを求めてプッシュすればマシンに負担もかかるだけでなく、接触のリスクも上がる。
「レブリミットまで回さない、タイヤを使いすぎない、縁石を踏まないなど、チームから『クルマを労わる』指示も多く出ます。また耐久レースは長丁場なので、ドライバーの人間性が強く表れます。バトルに強い人、絶対にぶつけない人、雨が得意な人、たまにぶつける人(笑)など、個性がレースにドラマを生むのもS耐の魅力ですね。
また国内唯一の24時間レースを実施しているスーパー耐久は夜間走行があるのもポイント。フォグライトを点灯して深夜レースを走るのは幻想的でドキドキします。そんなドラマの中、チーム一丸となってチェッカーを受けると熱いものが込み上げてきます」。
現地での観戦はもちろん、youtubeの公式チャンネル「S耐TV」でも実況・解説付きの中継が行われている。順位やバトルを観ているだけでも面白いが、人間模様やチームの編成にも注目すると観戦する視点の幅が広がるだろう。
また、S耐は参加型モータースポーツの最高峰でもある。運営がジェントルマンドライバーの搭乗を促すレギュレーションを設定していることからも、多くの参加者を募る方向性は一貫している。見て楽しい、知って面白い、もしかしたら将来自分も走れるかもしれないと思いながら観戦してみてはいかがだろうか。