黄色いボディに紅白バンパーという独特なカラーリングの栄建設・ホンダカーズ南札幌FIT。2023年スーパー耐久(S耐)第2戦のST5クラス(1500cc以下)でデビューするやいなや話題をかっさらい、その高速道路巡回車のような見た目にファンからは「公団ちゃん」と呼ばれるように。公式youtubeチャンネル「S耐TV」のレース中継では、「公団ちゃん」が映るたびにコメントが読みきれないスピードで流れるほどの大注目を浴びた。今回は第3戦SUGOラウンドでこのマシンをドライブした川福健太氏を直撃、S耐仕様になったFITの乗り味などを聞いた。
独特カラーリングの理由は
栄建設・ホンダカーズ南札幌FITは、スーパー耐久シリーズのST5クラスに2023年からスポット参戦を開始した。チームはD.R.C EZO。話題を呼んだカラーリングは、栄建設が自社の事業をわかりやすくアピールするための手段として選んだという。ここまでの反響は正直想定外だったとか。
SUGOラウンドでは諸般の都合で「公団カラー」ではなくなったものの、最終戦富士では再び紅白のカラーリングに戻るという。その愛称と見た目からは想像がつかないスパルタンな走りで、大激戦になっているST5クラスの上位を狙う。
SUGOで参戦した川福氏は、Mini Challenge JapanやN-ONE OWNER’S CUPなどでシリーズチャンピオンを獲得しているFF乗りだ。Mini Challenge Japanでともに戦っているドライバーが、オーナーとなってスーパー耐久に出場することになり、川福氏に声をかけたのだという。
車両の特徴・走らせ方
ST5クラスにはFITの他にもデミオ、ロードスター、ヤリス、ヴィッツが出場している。駆動方式や排気量はまちまちだが、最低重量を中心に性能調整が行われている。「FFのファミリーカーに紛れた低くてFRのロードスターが速いんだろう」と思っても、一筋縄ではいかないのがS耐の面白いところだ。
外見
ナンバー付き車両と比べると、スーパー耐久仕様になったFITの内装はレーシーだ。車内は後部座席などが取り払われたいわゆる「ドンガラ」で、エアコンやオーディオの操作パネルはレース用の操作系統に換装されている。車室内は消音材なども取り払われ、モノコックが剥き出し。代わりにロールバーが張り巡らされ、車体剛性を高めている。
「かわいらしい外観とは裏腹に、その走りはスパルタンです。一言でいえば、FFの強みが最大限に活きるクルマに仕上がっています」。
FF車はプロペラシャフトがないため軽く、FF独自のタックイン(アクセルオフで鋭くターンインする現象)が使える。軽さと鋭い旋回がFITの武器になる。
ナンバー付きFF車と比べて
「私が普段乗っているMiniは最低重量が1,300kg。対するFITは約1,000kg。300kgの差は非常に大きいです。トータルのラップタイムはほとんど同じですが、2リッターターボ車と同じレベルのタイムを1.5リッターの自然吸気で出しているわけですからコーナリングスピードが違います」。
FITの強みを活かすため、マシンには少々尖ったセッティングが施されているという。スポット増しやローダウンで剛性と接地性を高め、見た目にもわかるネガティブキャンバーをつけることで、FF車に起こりがちなアンダーステアを消そうとしている。
「ハードブレーキング時はキャンバー角の影響で左右に振られることがあります。そのおかげもあり、ターンインはとてもクイック。ナンバー付き車両のFF車では止める・曲げる・走るの操作を切り分け、それぞれの操作を行う間にマシンのロールやピッチを待つ必要がありました。その待機時間が、S耐のFITはとても短いです。全体的なクイックさは一般の車検を通らないほどに下げられた車高と、硬いスプリングによって作られています」。
FR車と比べて
「同じST5クラスのロードスターはFRなので、加速しながら軽いパワーオーバーステアを出せますが、FITは先に曲げる必要があります。コーナーの飛び込みや旋回速度はロードスターに分がありますね」。
FF車は加速時にハンドルを切っているとクルマが曲がらない「プッシュアンダー」が出る。プッシュアンダーによるロスを起こさないためには、加速前にクルマの向きを変え終わっておく必要がある。
一方、立ち上がりの加速はロードスターに対してアドバンテージを持つという。加速で差をつけるためには、旋回までのフェーズを最短時間で行い、早い段階で縦(加速方向)にタイヤを使いたい。そこでタックインを活かせるキャンバーやアライメントの設定が効いてくる。
「ドライバーに求められるのは、フロントの『振り』の良さを最大限に引き出すセッティングを使いこなす運転です」。
スーパー耐久はスプリントレースと異なり、多くのドライバーがバトンを繋ぐようにしてハンドルを握る。セッティングは全ドライバーが速く走れる最大公約数的なものになる。自分好みのセッティングになっていなくても、速く走らせる順応力が求められる。
そんなFITは立ち上がりでアンダーステアが出やすい代わりにリアが安定しており、同クラスのロードスターと比べると雨で強みが強調されたという。「練習走行では雨でFITの方が速かったのですが…決勝でも降ってほしかったですね(笑)」
賛否両論あるが
富士24時間レースではセーフティカーの真後ろを、道路巡回車カラーのフィットが職場を間違えてしまったかように走っていたことで一躍話題になった。独特のカラーリングに触発されて、ゲーム「グランツーリスモ」で公団ちゃんを再現する人まで現れた。だがこの注目度に関しては関係者の間で賛否両論あったという。
「『痛車』を受け入れられない、硬派な人にはあまりいい印象を持たれていないようです。私の場合、レースは目立ってなんぼという思いがあるのでウェルカムです。ですがレーシングカーはかっこよくあるべきという思いもわかります。個人的には、目立った状態で結果を残すことで次につなげたいですね」。
今後に期待のルーキーマシン
栄建設・ホンダカーズ南札幌FITは2023年にデビューしたルーキーマシンだ。2023年の参戦は第2戦富士、第3戦SUGO、最終戦富士のスポット3回。マシンの熟成が進めば結果も変わってくるだろう。
ちなみに筆者は最近、高速道路を運転中にNEXCOのFITに目が行くようになってしまった。スーパー耐久を観れば、みなさんにもそうなる魔法がかかるはずだ。