eモータースポーツの「何でも屋」岡田衛
「最近『バーチャルからリアルへ』というフレーズはよく聞くようになりましたが、その逆はあまり聞きませんよね。今は再びバーチャルを活動の場にして、バーチャルからリアルへと移った経歴を活かした仕事をしています」
近年のシミュレーターは進化が著しく、10歳未満の選手から未来のトッププロまでの育成環境、ジェントルマンの練習環境として注目を集めている。岡田選手はグランツーリスモを中心に、選手・監督・運営とさまざまな形でシミュレーターに携わっている。ゲーム内の車両に施される装飾のリバリー作りも仕事の一部だ。

eモータースポーツに多様な形で関わるようになったきっかけは、2019年の東京モーターショーで開催されたグランツーリスモSPORTの大会「GR Supra GT CUP」。熾烈なオンライン予選を勝ち抜き、日本代表の一員として世界大会で10位を獲得する成果を挙げた。しかしその結果とは裏腹に、世間の反応は冷ややかだったという。
「配信映像のコメントでは『岡田って誰だ?』と言われていました。10位を走っていてもまったく注目されておらず、世間で認められている実感がありませんでした。仲間うちで競っているだけでは意味がない、速いだけではいけないと感じ、それからは実名でプレイして必ずnoteでレースレポートを書くようにしています」
eモータースポーツを生業にするためには発信を強化し、多角的に関与する必要に早い段階で気づいた岡田選手。インタープロトeシリーズ(IPeS)のチャンピオンを冨林選手の前年に獲得するなど確かな実力を持ちながら、大会のレギュレーションづくりといった裏方の仕事にも従事するようになった。
シミュレーターの大会運営は「ゲーム機を並べる」だけではない。現地で筐体の個体差が成績に関わるようなことがあってはならないため、細かい振動やハンドルのフィードバック、ペダルのバネやゴムの摩耗まで精査してイコールコンディションを作っている。競技性とエンターテインメント性を両立するレギュレーションのバランス取りにはリアルレースでの経験が活きる。
選手からかけられる「面白いレースだった!」という言葉が運営の苦労を報い、やりがいになっているという。
これからのeモータースポーツを変えたい
岡田選手が目指すのは「みんながeモータースポーツを通じて幸せになれる」世界だ。その理想は夢物語ではなく、徹底的にeモータースポーツとリアルレースの現実を直視してきたドライバー目線での目標だ。
「リアルのレースと同様、スポンサーには速さ以外の付加価値を提供する必要があります。僕はEBBRO RACING TEAMの監督として、スポンサーであるEBBROの商品を扱うショップを訪れたり、Xに選手の意気込みを投稿したりして露出を増やしています。


岡田選手は「eモータースポーツを観戦する」という楽しみ方が一般化すれば、イベントが興行として成立すると語る。だがeモータースポーツはプレイするものという認識があり、観戦対象としての認知はあまり広がっていない。「グランツーリスモのワールドファイナルがようやく見られているレベル」だという。岡田選手の周りにも、グランツーリスモで圧倒的な速さを見せつつも、職業としては成立させられずに引退した人が多くいた。
「リアルレーサーの名前はたくさん出てきますが、eモータースポーツ選手の名前を挙げられる人は少ないでしょう。リアルのレースではピットウォークでサインを求めてくれる方がいましたが、そのような選手とファンのつながりが、家でプレイできるeモータースポーツはとても希薄です。
僕は注目を集めるため、eモータースポーツの大会に有利ではないマシンで参戦したり、カラーリングに凝ってみたり、観戦の理由を作るようにしています。最近はプロゲームチームのeモータースポーツへの参入も出てきているので、チームのファンがeモータースポーツに気づけるような発信も続けていきます」
「バーチャルからリアル」で幸せになれたと語る岡田選手は、eモータースポーツでより多くの人がつながり、熱狂できる世界を作り出そうと奔走している。バーチャル世界のレースに世界中のファンが熱狂しているとき、そこでは今より多くの挑戦者がしのぎを削っているだろう。今はまだ夢へのステップとして語られることの多いeモータースポーツが、近い未来に夢の舞台そのものになるかもしれない。