ドライビングシミュレーター「グランツーリスモ7」の世界大会「ワールドシリーズ」においてワールドファイナルで通算5度優勝した宮園拓真選手。名実ともに世界一のグランツーリスモプレイヤーは、スーパー耐久やニュルブルクリンク24時間レースへの参戦を目指している。
カート経験もメーカーのバックアップもない、普通のゲーマー少年は「世界の宮園」となり、ついにリアルでのレースに飛び出した。今回はグランツーリスモとの出会いから、2024年の終わりに掴んだ世界一までの軌跡を辿る。
名作「グランツーリスモ4」との出会いが人生を変えた。
2004年、家に一本のゲームソフトがやってきた。グランツーリスモ4。親の影響でWRCなどのDVDを観ていた4歳の宮園少年の心を掴むのに時間はかからなかった。コントローラーを握りしめ、父と対戦しながら650車種の世界に没入した。
「父に勝てる様になったのは6歳か7歳の頃です。小学生の僕にとってハンドルコントローラーは高級品でした。ちなみに父は僕に負ける様になってからグランツーリスモをプレイしなくなりました(笑)」。


初めてハンドルを握ったのは小学6年生。初めてのハンドルコントローラーは、親と相談して買ったDriving Force GTだった。当時のソフトはPlayStation3での初ナンバリングタイトル「グランツーリスモ5」。路面の抵抗やマシンの挙動がハンドルにフィードバックされるハンドルで、宮園選手はさらに「GT」の世界に熱中していく。


しかし宮園家はレーサー家庭でも、親がかりでカートをしている家族でもない。親は会社員で、宮園選手は陸上部に所属する普通の中学生だった。まだゲームは息抜きの一環だ。
「テストの成績が悪かったらPS3ごと没収されることになっていたので、グランツーリスモを守るためにテスト期間は必死でした。中高を通してゲームは守り抜き、大学へも無事進学できました」。
世界大会まで愛用することになるハンドルコントローラーG29は高校2年生、グランツーリスモ SPORTとPS4は、高校3年生の受験終わりにお年玉貯金で購入した。新たにクラッチペダルとHパターンシフトも操作できるようになり、さらにグランツーリスモ熱が高まってきたある日、一つの記事が目にとまった。
「世界大会開催」。この言葉がeモータースポーツプレイヤー宮園拓真を生んだ。